【生成AIのリアル】最近の相棒について
- 祥弘 新庄
- 5月11日
- 読了時間: 2分
更新日:7月1日
最近の仕事の相棒はもっぱらChatGPT。コーディングのサポートや文章の生成・校閲が多いですが、仕事にもプライベートにも欠かせない存在になってきました。
以前から使ってはいたのですが、ここ数ヶ月で急速に使いこなせるようになってきました。
1つは彼の進化のおかげです。もっとも驚くべきポイントは、その理解力なんだと思います。1を言って10を汲みとってくれるような、その推測力も素晴らしい。これは日に日に進化してると思いますし、本当に人間と話しているかのように、過去の文脈や言葉のニュアンスが生成物に反映されているのです。
もう1つは、有料プランへの移行でした。月30ドル前後は少し高いかなと思っていましたが、使ってみれば納得も納得です。より高性能な学習モデルの使用はもちろん、ファイルのアップロードができるようになる点がとにかく大きいのです。人間同士ですら、言葉だけじゃ伝わらないことってありますよね?ChatGPTに目が付くようなもので、聴覚のコミュニケーションへ視覚が追加されました。何か困ったことがあればさっとスクショを撮って送ってあげるだけ。ドラえもんも夢じゃない。
自然と、Google検索を使う機会も減ってきました。ChatGPTに調べてもらったほうが、情報が深くて広い。複数の商品やサービスの比較も簡単に行ってくれます。
とはいえ。
教育分野やメディア業界を中心に、生成AIとその使用制限や倫理観の問題はますます活発に議論されるようになってきました。確かに、使っていると謎の恐怖感を感じる瞬間があります。AIに依存してしまってはいないだろうか?自分という存在の価値は?
そんな自問自答は尽きないのですが、だからといって生成AIを使わないのはもっと怖い。彼を知り己を知れば百戦殆うからず、です。AIを知り、使いこなせるからこそ、自分のAI以上の価値は何なのか、それが見えてくるのだろうと。そう思いながら使い続ける毎日です。
最後に、最近すごく惹かれたアインシュタインの言葉を書き留めます。
私たちは、新しいものを決して恐れずもっと挑戦していかねばならないのだと強く思わされます。
"Insanity is doing the same thing over and over again and expecting different results."
「同じことを繰り返し行い、違う結果を期待すること、それが愚かさである。」



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